会長のひとこと

2018.12.10
いつぞや、地震の揺れの体験会に参加して実感したが、最近避難生活も実体験する必要があるのではと思う。想像すると現実とには大きな違いがあるはず。不自由さを知っとけば、不幸にしてその立場になった際どの様に行動し、我慢すべき事をそれなりにわきまえる事ができるのでは と思う。計らずも窮乏生活をして育った経験をしてる今の高齢者でさえ、長い避難生活は大変厳しいに違いない。豊かで便利が当たり前といった環境に慣れた年代の方々は仮想であっても経験したら と思う。 仮設住宅などで不自由な生活でこの冬を過ごす被災地の事に想いを。
2018.12.03
親方が、腕を上げた弟子に、自分がやってきた仕事を任すのはいつか?技が十分通用すると判断した時か?それは、客先や仲間との心の通う関係を持てるような人間になった時だ。 つまりマネージメントができるようになった時というわけだ。 仕事さえ出来ればいい の時代から抜け出して、安心して任せられるようになるのを親方は待っている。
2018.11.26
次第に寒くなって、夜明けが日に日に遅くなるこの時期、つい起きる時刻が遅くなってしまう。 まだ起きれる内に起きるくせをつけておこう と自分に言い聞かせています。早起きが元気の素になるかどうかも試したい。
2018.11.19
ファッションなど外見に気を取られているうちに、肝心の健康を損なう という事をよく耳にする。 水も漏らさぬ完璧な管理をすることに気を取られて、肝心の商品の出来栄えが良くない なんて事がないように気をつけよう。 品質から目を離すな。
2018.11.12
中国からの一人旅の女性にスマホ撮影を頼まれてシャッターを押してあげましたが、驚いたことにポーズにあれこれ注文がつき手こずりました。 彼女は色々と踊るようなポーズを次々に繰り出したので、何枚もシャッターを押したのですが、気に入った絵になるまで付き合わされ閉口しました。 どうやら、自分のインスタ映えする画像が欲しかったようで、最後はニッコリ笑ってサンキュー。 すごいねーやっぱり中国と言う国の勢いは!
2018.11.05
欲しい情報をネットで検索して知るのは今や普通の事。知りたい情報がすぐに検索画面のトップに出てきた時はなんとなく「自分は遅れているな」と思いませんか?  「なかなか出てこないなー」ならば、貴方は先進性があるという訳で、喜ばなくてはいけない。
だけど、ネットはすぐ学習して貴方好みの情報を先出しするようになってこうは言えないことになる。  ネットに先回りされるのはなんとなく馬鹿にされたような気がして屈辱的だ。
2018.10.30
県北の紅葉は今頃がいいですよ。稲刈りが済んだ田んぼとススキ、そして山々の紅葉。日本の田舎が最もカラフルに輝く季節です。田舎育ちの人々には何でもないと思っていても、都会育ちには新鮮でなぜか郷愁を感じるんですね。幼少期の環境とは関係なく、秋の取り入れが済んで落ち着いた達成感ただよう雰囲気には日本人はだれでも心惹かれる。
秋の里山風景は日本の国宝です。
2018.10.22
ネット社会になって、真実を確かめもしないでみんなの言うことを信じて行動し兼ねない。これから益々そのような行動が大半を占めて正当化される危険がありそう。 大げさかもしれないが、日本が嘗て戦争することになったのもそうだと言えそう。 落ち着いて何事も本当のことを自分自身で確かめるよう心掛けよう。それにしても、携帯の料金をよく確かめもしないで支払っていた私から言えたことか と反省。
2018.10.15
ご承知のように、日本は異常な低金利ですね。それも随分長期にわたっていますから誰もがこれが当たり前のような感覚になって、異常事態が続いているんだという意識は希薄です。このような経済しか知らない世代の人は、あの数%の金利に戻ったらパニックになるのではと心配します。そんなことは杞憂に過ぎなければいいがー。
2018.10.09
毎朝6時半近所の公園では近所の人が集まってラジオ体操をやってます。いつもの馴染みの人の集まりで、みんな元気で明るい表情が実にいい。もうぴょんぴょん跳ぶことができない人や、屈伸運動ができない人などがいて、おもいおもいに出来る範囲で音楽に合わせて動かしてます。
これから寒くて暗くなる朝、無理しないで続けて欲しいです。私も無理しないで、目が覚めて間に合った時だけでも参加します。
2018.10.01
事例が多くあればあるだけ信頼性が向上するという AI。大量にデータをかき集めることができる人が有利というわけだから、長年継続して貯まった実績は貴重な財産であると言える。 確かに継続は力なり。 そこで注意。 成功事例ばかりではなく、失敗例も貴重だということ。
2018.09.25
洪水、台風、地震と被災者は厳しいサバイバル生活を強いられる。サバイバルと言えば山登りを思い出が、何日も着たきりで、携行した水筒の水だけの山小屋泊まりは、すばらしい景観に出会えるという楽しみがあるから我慢できるけれど、被災者は失意の中で耐えなければならない。
精神的にくじけそうになる中での我慢生活に、もっとなにか助ける方策はないのかといつも思う。
2018.09.18
久しぶりに飛行機旅をした。混雑する空港では、手荷物検査や荷物預けと搭乗手続きが終わるまでに1時間近くかかり、実際のフライト時間(1時間45分)に比べて余りにも効率が悪い。
空の時間よりも地上の時間のほうが旅を支配しているような気がする。病院の診察待ちをはじめ、これに似たことってあちこちにありそう。
本質よりも派生事に支配されて発生する無駄をどうするか。業務の上でも意識してみよう。
2018.09.10
「飽きが来ない」というキーワードが重要ではないかと最近特に感じる。身近な風景でも、日常見聞きするモノでもなんか親しみがあって、いつの間にか愛着を感じるのがいわゆる「ホンモノ」。  当然、人も同じで、会うたびになんか「ぬくもり」を感じる人っていますね。  「いつもどおりでありながら、なぜかほっとする」 そんな人の心がけとは何だろうと思う。 絵画や音楽のような芸術の真髄も同じか?
2018.09.03
防災の日。近くの被災地を聞くにつけ、安全安心な場所などないと実感させられる。今生きている我々は、度重なる災害を幸運にも生き延びた末裔であるに違いない。これからも生き延びるようにしないとご先祖様に申し訳が立たない。犬死しないように、叡智を絞って災害対策をと思う。
2018.08.27
いつのまにかボランティア貢献活動が普通の行動として定着したように思います。被災地の救援にはもはや欠かせないし、もう社会としてあてにされるようになった。
財源や規制に制約される行政にはない素早い行動は驚くべきだ。これからは、フットワークのいい活動こそ頼りにされるだろうから、ボランティアのパワーが危機を救うようになるに違いない。それだけに、ボランティア活動にもっと関心を。
2018.08.20
「便利さ」が能力を妨げることがある。
よく考えて行動すればなんでもないことが、つい便利さというか容易さにつられて適当にやってしまう。このことが、進歩というか上達を邪魔する。子供たちは辞書を使わないし筆算の必要性を認めないとか。最近AIのめざましい発達によって、言語通訳もやってくれるとかで、外国語の勉強もやらなくなくなるかも。便利さ開発競争が豊かな社会と言えるのか、ちょっと考えさせられる。 
2018.08.13
出来るだけ多くの人の意見を聞くことにより、客観的な判断が出来る。 最近は自分の耳に心地よい情報に偏ったことしか聞かない傾向があるような気がする。 特にネットから得る情報はクリックするときすでに自分好みになってることに要注意だ。 気に入らないことでも、聞くことだけはしよう。
2018.08.06
また8月6日が巡ってきた。 恩師 故光野千春岡大名誉教授はこの日はどんなことがあっても1日喪に服しておられた。 多くの先生の学友が原爆の犠牲者になったからで、せめてこの日だけは在りし日を思い出さざるを得ないと話されていた。 いつまでも原爆の日は忘れてはならない。
2018.07.30
昔の暮らしはどうだったかを想像すると案外ヒントが得られる。
祖父母、曽祖父母の頃はどうして生計を立てていたか、どんな衣食住だったかなど思いを
馳せてみたらと思う。そこには身近な生きてきた歴史が見えてくる。
大げさかもしれないか、今まで生きのびてきた理由が見えてくるのでは。便利で近代
的な今の生活よりも、昔の生活はずっと安全安心だったのではないかなどと思う。
2018.07.23
あの豪雨だけでもおかしいなと思ったけどその後これほど暑さが続くと、やはりどうも異常だなと思う。たまたま悪い要因が重なった気象ではないとしたら、今後の備えはどうしたらいいのかよく考えよう。ライフスタイルが問われる。
2018.07.17
この水害に遭われた多くの被災者の皆様に心からお見舞いを申し上げます。
 その上、猛烈な暑さの追い討ちで言葉もないという気持ちです。 全社上げて復旧に向かって全力で取り組みます。  
2018.07.09
災害が比較的少ない岡山も今度の大雨はすごかったですね。
はっきりした線状降水帯がいつまでたっても動かないので、じっと祈るような気持ちになりました。 
 雨雲の予報はかなり正確なので、状況予測はできます。でも、「まだいいだろう」と情報のバイアスを計算してしまいがちです。そこへ、携帯へ緊急メールが入ってくると「これは」と腰を上げるかどうか試されます。
気持ちを揺さぶり行動させる仕掛けが一番重要なのだ と思いました。
2018.07.02
介護施設にいる100歳になる叔母を見舞いに行った。若いときと変わらない元気そうな声で話せるので安心したが、「みんなが百歳の祝いをしてくれんだけど、なんかまだ生きなければならないと思うと悲しくなる。」と涙をながして弱音をはいた。
若いものから見れば長寿はうらやましいことだが、当の本人の心中はそうでもないということ。相手の心を深く思い遣ることを心がけないとと思った。